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ストア派の哲学者のイラスト
エピクテトス
ストア派の哲学者
ヘレニズム〜ローマ/前3世紀〜後2世紀

ストア派──変えられないものと、選べるもの

出来事そのものではなく、出来事についての判断が人を乱す。──認知行動療法の源流のひとつとも語られる考え方です。

ストア派とウェルビーイングには、どんな関係がありますか?

ストア派は、世界を「自分次第のもの」と「自分次第でないもの」に分け、前者に力を注ぐことを説きました。「人を乱すのは出来事ではなく、出来事についての判断である」という考え方は、感情の扱い方、自己統制、レジリエンス、そしてAgency(主体性)と深くつながり、認知行動療法の思想的な背景のひとつとしても語られます。

すべては、この仕分けから始まる

ストア派の実践を、たった一つの区別に凝縮したのがエピクテトスです。もともと奴隷の身分にあり、後に解放されて哲学を教えた人物でした。彼の『提要(エンケイリディオン)』は、次の趣旨の言葉から始まります。

存在するもののうち、あるものは我々次第であり、あるものは我々次第ではない。我々次第であるのは、判断・意欲・欲求・忌避、つまり我々自身の働きである。我々次第でないのは、身体・財産・評判・地位、つまり我々自身の働きでないものである。エピクテトス『提要』第1章より(趣旨)
自分次第でないもの自分次第のもの
他人の言動・評価その評価をどう受け取るか
過去に起きたことその経験にどんな意味を見るか
景気・組織の方針・天気そのなかで何を選び、何をするか
身体の状態・寿命身体をどう労わるか、時間をどう使うか
結果そのもの結果に向けた自分の努力と姿勢

この仕分けが強力なのは、力を注ぐ場所を間違えないためのフィルターとして使えるからです。人が消耗するのは、たいてい「自分次第でないもの」を変えようとし続けているときです。

「出来事」ではなく「判断」が人を乱す

エピクテトスのもうひとつの有名な言葉が、これです。

人々を乱すのは、ものごとそのものではなく、ものごとについての考えである。エピクテトス『提要』第5章より(趣旨)

同じ出来事でも、受け取り方が違えば結果は変わります。会議で意見が通らなかったとき、「自分は認められていない」と受け取るか、「今回はタイミングが合わなかった」と受け取るかで、その後の行動はまったく別のものになる。

この構造は、認知行動療法が扱う「出来事 → 認知 → 感情 → 行動」の流れと、驚くほどよく似ています。

ストア派とCBT──「そのもの」ではなく「思想的なつながり」

認知行動療法の源流としてストア哲学が語られることはよくあります。実際、論理療法(REBT)を創始したアルバート・エリスは、その著作のなかでエピクテトスの言葉に言及しており、アーロン・ベックの認知療法についても同様の指摘があります。近年のレビュー論文でも、ストア哲学とREBT・CBT・ポジティブ心理学の思想的な連続性が論じられています。

ただし、慎重に。「CBTはストア派そのものである」という言い方は正確ではありません。ストア派はよく生きるための哲学であり、徳を唯一の善とみなす独自の形而上学を持っています。一方CBTは症状の軽減を目的とする実証的な心理療法で、手続きも評価方法もまったく異なります。両者の関係は「影響と類似」であって、「同一」でも「直系」でもありません。この特集では、そのように扱います。
 ストア派認知行動療法
目的徳にかなった、よい生を生きる苦痛や症状を減らし、機能を回復する
方法哲学的訓練・省察・日々の実践構造化された面接・課題・行動実験
検証理性的な議論と生き方の一貫性実証研究・効果測定
共通点出来事そのものと、それについての判断を分けて扱う点

ストア派の実践──日々の訓練として

ストア派は理論だけでなく、具体的な訓練を大切にしました。現代でも使いやすい形にすると、次のようになります。

朝の準備

今日起こりうる面倒なことを、あらかじめ思い浮かべておく。実際に起きたときの動揺が小さくなり、起きなければそれでよい、という構えができます。

夜のふり返り

その日の判断を三つだけ点検する。「よくやれたこと」「やり直せること」「明日試すこと」。マルクス・アウレリウスの『自省録』も、こうした自己対話の記録でした。

仕分けのメモ

気がかりを紙に書き、「自分次第/自分次第でない」の二列に分ける。後者に丸をつけて、いったん手放します。

視点を引く

この出来事を1年後の自分はどう見るか。時間の距離を取ることで、判断の温度が下がります。

大事な補足。ストア派の実践は、感情を我慢することではありません。「ストイック=感情を殺す」というイメージは後世の俗解に近く、彼らが目指したのは、判断を吟味することで不必要に膨らんだ苦しみを減らすことでした。つらさを感じてはいけない、と自分に言い聞かせる使い方は、この哲学の趣旨から外れます。

レジリエンス、そしてAgencyへ

「自分次第のもの」に力を注ぐという姿勢は、そのままレジリエンス(回復する力)の考え方につながります。困難そのものをなくすことはできなくても、そのなかで自分が選べる部分を見つけられる人は、立ち直りやすい。

そしてこの三段の整理は、本特集がもっとも大切にするAgency(主体性)とほぼ同じ形をしています。

ストア派が古代哲学と現代心理学をつなぐ橋として重宝されるのは、この構造の明快さのためです。

よくある質問

ストア派とは、どんな学派ですか?

紀元前3世紀ごろ、キプロスのゼノンによってアテナイで始まった哲学の学派です。ローマ時代にはセネカ、エピクテトス、皇帝マルクス・アウレリウスらによって受け継がれました。徳を唯一の善とみなし、理性に従って生きることを重んじた点に特徴があります。

ストイックであることと、ストア派は同じですか?

日常語の「ストイック」は禁欲や自制の意味で使われますが、ストア派の思想はそれよりずっと広いものです。彼らの中心にあるのは我慢ではなく、「何が自分次第で、何がそうでないか」を見きわめる理性の働きでした。感情を否定するのではなく、根拠のない判断から生じる過剰な苦しみを減らすことが目的です。

認知行動療法はストア派から生まれたのですか?

「生まれた」と言うと言いすぎです。REBTを創始したエリスがエピクテトスの言葉に言及していることは知られており、思想的な影響は認められます。しかし、CBTは20世紀の行動主義や認知心理学、実証研究の積み重ねのうえに成立したもので、ストア派の直系の子孫ではありません。影響と類似として理解するのが適切です。

「自分次第でないこと」を受け入れるのは、あきらめではないですか?

順序が違います。ストア派が言うのは「何もするな」ではなく、「変えられない部分に消耗するのをやめ、変えられる部分に力を集中せよ」ということです。むしろ行動を促す考え方であり、社会的な不正を放置してよい、という主張でもありません。

ストア派は感情を否定するのですか?

すべての感情を否定するわけではありません。彼らが問題にしたのは、誤った判断から生じる激しい情念(パトス)です。理性にかなった穏やかな感情については、むしろ肯定的に扱われました。つらいと感じること自体を悪いとする哲学ではありません。

ストア派の本を読むなら、どれからがおすすめですか?

もっとも短く実践的なのはエピクテトスの『提要』です。日々の自己対話として読めるのがマルクス・アウレリウス『自省録』、書簡形式で読みやすいのがセネカ『生の短さについて』『倫理書簡集』です。いずれも日本語訳が複数あります。

ストア派の考え方は、職場でも使えますか?

使えます。とくに、他部署の方針や市場環境など自分の裁量の外にあることに消耗しやすい場面で有効です。会議前に「今日、自分が決められることは何か」を書き出すだけでも、消耗の量が変わります。管理職研修やレジリエンス研修でもよく取り入れられる考え方です。

次はどの章を読むとよいですか?

ここで物語はいったん哲学を離れ、20世紀の童話劇『青い鳥』へ向かいます。「幸福を探すこと」そのものを問い直す、やさしい寓話です。その後、認知行動療法の章へ進みます。