国際応用心理学会2026 イタリア(フィレンツェ) 参加報告レポート ポジティブ心理学・カウンセリング心理学の視点から
国際応用心理学会(ICAP)2026 参加レポート ポジティブ心理学・カウンセリング心理学の視点から

その不安、あなたのせいじゃないかもしれない ― ICAP2026で聴いた「プレカリティの心理学」
2026年7月、国際応用心理学会(ICAP2026)イタリア・フィレンツェにて開催され,参加と発表をいたしました。
ポジティブ心理学は,応用心理学の一つにもなっています。
登壇はBoston CollegeのDavid Blustein教授。テーマは「プレカリティの心理学」――個人の苦しみと社会構造をつなぐ心理学についての講演です。

「なぜこんなに将来が不安なのだろう」「頑張っているのに、安心できる感覚が持てない」――そんな気持ちを抱えたことがある方は、きっと少なくないはずです。この記事では、会場での体験と学びをわかりやすくお伝えします。
会場で感じたこと
講演の冒頭、教授はパンデミック、各地で続く戦争、AIの急速な進展、経済格差、気候変動、政治的分断といった2020年代の世界情勢を挙げました。会場では多くの参加者がうなずいており、専門家である私たち自身も同じ時代の不確実さの中で生きているのだと実感しました。教授は「新しい心理学的レンズが必要だ」と語り、不安を「治療すべきもの」として扱う前に「この不安には理由がある」と認めてもらえたような安心感を覚えました。
プレカリティとは何か ― 「脆弱性」との違い
プレカリティ(Precarity)は「不安定性」と訳されますが、教授はこれを単なる雇用や経済の不安定さではなく「社会構造と個人の心理を結びつける心理社会的な概念」として説明しました。
印象的だったのが「脆弱性(Vulnerability)」との違いです。人は誰しも病気や喪失、死といった出来事に直面する脆弱な存在であり、この脆弱性自体は普遍的なものです。一方プレカリティは、非正規雇用や経済的不安定さ、社会的排除といった経験であり、社会階層や雇用形態、人種、性別などによって大きな格差が生まれます。教授は「脆弱性は普遍的であるが、プレカリティは本質的に不平等である」と述べました。不安を「誰もが感じるもの」として一般化すると、その人固有の背景を見落としてしまうかもしれません。

会場に投げかけられた三つの問い
講演で最も心に残ったのは、教授が心理学全体に投げかけた三つの問いです。

| 心理学への三つの問い
① 私たちが感じる不安は、病理ではなく現実社会への適切な反応ではないか ② レジリエンスは重要だが、それだけで十分といえるのか ③ 人間の苦しみは、社会的条件と切り離して理解できるのか |
第一の問いは、不安を「異常」とみなすのではなく、現実への適応的な反応として理解し直す視点です。漠然とした不安を抱えているとしても、それは「心が弱っている証拠」ではなく「変化の激しい環境への自然な反応」かもしれません。第二の問いは、レジリエンスだけでは構造的な課題は解決できないという指摘です。第三の問いは、抑うつや不安を性格だけで説明せず、労働環境や社会制度まで含めて理解する必要性を示すものでした。教授は「心理学は心だけを理解する学問ではなく、心が存在する社会環境を理解する学問へ発展しなければならない」と締めくくりました。
人はプレカリティにどう向き合うのか
講演では、人がプレカリティに直面したときの反応が三つに整理されて紹介されました。
- Resistance(抵抗):社会を変えようとする行動や、他者との連帯
- Adaptation(適応):厳しい環境の中でも柔軟に生き抜こうとする姿勢
- Resignation(諦め):無力感や諦観、防衛機制、現実からの回避
大切なのは、これらが固定的な性格タイプではなく、人は状況に応じて行き来しながら生活しているという点です。また、人は不確実な状況に直面すると「意味づけ」を行いますが、連帯につながることもあれば、責任転嫁や陰謀論に向かう危険性もあります。支援する側には、現実に即した意味づけを一緒に探す役割があるのだと思います。
仕事という「プレカリティが最も表れる場所」
教授は「仕事はプレカリティが最も明確に現れる場所」だと位置づけました。職場には、収入の不安定性、AIによる変化、アイデンティティ、権力関係、包摂と排除など、現代社会の課題が凝縮されています。仕事は単なる収入源ではなく、人間の尊厳(Dignity)や自己価値感を支える基盤であるという言葉に、深くうなずかされました。さらに「組織はプレカリティを増幅しているのか、人々を守る存在となっているのか」という問いも投げかけられました。心理的安全性や信頼を育む組織は緩和し、過度な競争や排除を助長する組織は増幅させてしまいます。
ポジティブ心理学・カウンセリングへの示唆
この講演は、私自身がふだん大切にしているポジティブ心理学やコーチング心理学の考え方と、いくつも重なる部分があると感じました。
- 不安を「弱さ」ではなく「現実への適切な反応」として捉え直す姿勢は、来談者中心療法の「共感的理解」に通じます。
- 社会構造への理解を伴走的に深める姿勢は、TomorrowmindのPRISMモデルにある「社会的つながり」や「自分の存在が意味を持つ感覚」とつながります。
クライアントの強みを引き出すことと、その人が置かれている環境を理解することは対立するものではなく、両輪として機能させていくべきものだと実感しました。
よくある質問(FAQ)
- プレカリティと脆弱性はどう違うのですか?
- 脆弱性は病気や喪失、死など人間なら誰もが直面しうる普遍的な性質です。プレカリティは非正規雇用や経済格差、差別など社会構造によって特定の人々に偏って生じる不安定さで、本質的に不平等であるとされています。
まとめ
ICAP2026のクロージング・キーノートで聴いたDavid Blustein教授の「プレカリティの心理学」は、個人の苦しみと社会構造とを結びつける新しい理論的枠組みであり、キャリア心理学、組織心理学、ポジティブ心理学、カウンセリング心理学を横断する視点を与えてくれるものでした。会場を出るとき、私は「不安は弱さではない」という言葉を、自分自身への言葉としても受け取っていました。この学びを、これからの実践に少しずつ活かしていきたいと思います。
今後の講座では,実践的にわかりやすく紹介していければと思います。
キーワード
ICAP2026/プレカリティの心理学/Psychology of Precarity/David Blustein/参加報告/ポジティブ心理学/カウンセリング心理学/コーチング心理学/レジリエンス/Tomorrowmind/PRISMモデル/組織開発/心理的安全性/キャリア心理学/ウェルビーイング
投稿者プロフィール

- 監修者:一般社団法人ポジティブ心理カウンセラー協会 代表理事
- 徳吉陽河(とくよしようが)は、ポジティブ心理学、ポジティブ心理カウンセラー協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。ポジティブ心理療法士、コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師、教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。






