『これからの生き方 Tomorrowmind』×キャリア進化心理学 不確実な時代に「しなやかに育つ」ための心理学的アプローチ
『Tomorrowmind』×キャリア進化心理学 × ポジティブ心理学
不確実な時代に「しなやかに育つ」ための心理学的アプローチ

はじめに――あなたのキャリアは、今どんな状態ですか?

「このままでいいのだろうか?」
ふとした瞬間に、そう思ったことはありませんか?AIの台頭、グローバル化の波、終身雇用の終焉、リモートワークによる職場の変容——あらゆる変化が同時多発的に押し寄せてくる現代において、「自分のキャリアをどう育てるか」という問いは、もはや年に一度の年度末に考えるものではなくなりました。
そんな時代を生きる私たちに、ひとつの羅針盤を差し出してくれる書籍があります。それが、ポジティブ心理学の父であるマーティン・セリグマン(ペンシルベニア大学教授)と、精神医学・神経科学の知見を持つガブリエラ・ローゼン・ケラーマン(医学博士・現ボストン・コンサルティング・グループ・元BetterUp)が共著した『Tomorrowmind:不確実な未来において仕事で繁栄するためのレジリエンス、創造性、そしてつながり』です。
本記事では、この『Tomorrowmind』の核心的なメッセージを、近年注目を集める「キャリア進化心理学(Career Evolution Psychology)」の視点から読み解きます。そして、この二つのアプローチを統合することで見えてくる、これからの時代に本当に必要なキャリア戦略をお伝えします。
「心理学の話はちょっと難しそう……」と感じた方も、どうぞご安心ください。できるだけわかりやすく、日常の言葉で解説していきます。あなたのキャリアを「育てる」ためのヒントとして、ぜひ最後までお読みください。
『Tomorrowmind』とは何か――未来を生きるための「心の設計図」
書籍の概要とその衝撃的な問いかけ
『Tomorrowmind』が投げかける最初のメッセージは、少々驚くべきものです。著者たちは言います——「私たちの脳が本当に快適に働けるのは、狩猟採集の時代だけだ」と。
人類の脳は、その約90%以上の時間を狩猟採集社会で過ごしてきました。農業革命、産業革命、そして現代の知識労働社会——これらはすべて、私たちの脳にとっては「ミスマッチ」な環境です。産業革命時代は、単純で繰り返しの多い作業が求められました。現代は、速く、不確実で、複雑な変化に常にさらされています。脳は本来、こうした状況を「脅威」として認識するようにできているのです。
しかし著者たちは、そこで悲観するのではなく、逆転の発想を提示します。「狩猟採集民の脳」が持つ創造性・社会性・好奇心という強みは、まさに現代の知識労働社会で最も必要とされているものだ、と。そして、脳の本来の可能性を最大限に引き出すための心理的スキルセットを「Tomorrowmind」と名づけ、体系化しました。
PRISMフレームワーク――5つの心理的スキル
本書の中核をなすのが「PRISMフレームワーク」です。著者たちが提唱する5つの心理的スキルは、以下のとおりです。
- P — Prospection(未来展望力):単なる楽観主義とは違います。現実的な最悪のシナリオと最善のシナリオの両方を想定しながら、「未来を精神的にシミュレーションする力」です。変化の激しい時代に、先を見越して行動できる人は、この力が高い傾向があります。
- R — Resilience(レジリエンス):逆境からの回復力を指しますが、著者たちの定義はより深い。単に「折れない」だけでなく、困難を乗り越えて「成長する」能力を含みます。これは生まれ持った特性ではなく、後天的に鍛えられるスキルだという点が重要です。
- I — Innovation(革新・創造性):与えられた仕事をこなすだけでなく、新しい解決策や視点を生み出す力。AIが反復作業を担う時代において、人間固有の創造性はますます価値を持ちます。
- S — Social Connection(社会的つながり):孤立した知識労働者は、精神的健康と生産性の両方を失います。深く意味のある人間関係を職場でも築く力は、現代のキャリアにとって根本的な基盤です。
- M — Mattering(意味・貢献感):「自分はこの場所で意味のある存在だ」という感覚。自分の仕事が周囲に影響を与えているという実感は、内発的動機づけと心理的安全性の土台となります。
この5つのスキルは、「持っているか持っていないか」という二項対立ではなく、日々の実践によって磨き続けられるものです。ここに、後述するキャリア進化心理学との深い共鳴があります。
キャリア進化心理学とは何か――「生涯をかけて育つ」という発想の転換
従来のキャリア論との違い
かつてキャリアとは、「積み上げるもの」でした。学校で学び、就職し、経験を積み、昇進する——直線的で予測可能なモデルです。しかし、このモデルはもはや現実と乖離しています。
キャリア進化心理学(Career Evolution Psychology)は、キャリアをダーウィン的な「進化」のメタファーで捉えます。生物が環境の変化に適応しながら世代をまたいで形を変えていくように、キャリアもまた、個人の内的変化と外部環境の変化に応じて、常に変容・適応していくプロセスであると考えます。
この分野の視点では、キャリアの成功は「どのポジションに就いたか」ではなく、「いかに自己を更新し続けたか」によって評価されます。特に重視されるのは以下の3点です。
- 心理的柔軟性(Psychological Flexibility):過去の成功体験に固執せず、新しい文脈に適応するために自己イメージを更新できる力。
- アイデンティティの連続性と変容:「自分らしさ」を保ちながらも、役割や専門性が変わることへの抵抗を手放せる能力。
- 生涯学習と成長マインドセット:スキルは生得的なものではなく、努力によって変化するという信念が、キャリアの長期的な成果を左右します。
なぜ今「進化」というメタファーが有効なのか
キャリア進化心理学がとくに有効なのは、AIによる労働市場の変化という文脈においてです。
たとえば、5年前に「将来は安泰」と言われていた職種が、今では自動化の波にさらされています。逆に、10年前には存在しなかった職種も数多く生まれています。こうした現実の中で、「自分はXという職業だ」という固定的なアイデンティティは、変化への適応を妨げることがあります。
キャリア進化心理学は、「職業」ではなく「能力と価値観の束」として自己を捉えることを提案します。つまり、自分が何者であるかを、肩書きではなく「できること」「大切にしていること」「どのような問題を解きたいか」という軸で定義することです。この発想の転換が、変化の時代における最大の心理的安定をもたらします。
両者が交差する地点――PRISMとキャリア進化の深い関係
『Tomorrowmind』のPRISMフレームワークとキャリア進化心理学の視点は、異なるアプローチでありながら、驚くほど多くの共鳴点を持っています。それぞれの要素がどのように対応するか、具体的に見ていきましょう。
「未来展望力(Prospection)」と「適応的アイデンティティ更新」
Tomorrowmindの「未来展望力」は、単に楽観的にポジティブな未来を描くことではありません。「最悪の事態を想定しながら、それでも前進するための計画を立てる」力です。これはまさに、キャリア進化心理学が重視する「適応的先読み(adaptive foresight)」に対応します。
私たちは往々にして、現状維持バイアス(現在の状況が未来も続くと思い込む傾向)に陥ります。「今の仕事が10年後もあるはずだ」「自分のスキルはまだ通用するはずだ」——こうした思い込みは、脳が「変化を脅威」と認識するからこそ生まれます。未来展望力を鍛えることは、その本能的な回避反応を乗り越える心理的トレーニングでもあります。
「レジリエンス」と「成長マインドセット」の相乗効果
Tomorrowmindの「レジリエンス」と、キャリア進化心理学における「成長マインドセット(グロース・マインドセット)」は、同じコインの表と裏です。
キャロル・ドゥエックが提唱した成長マインドセットとは、「能力は努力によって変えられる」という信念です。一方、レジリエンスは「困難を乗り越えたとき、自分はより強くなる」という経験の積み重ねから生まれます。この二つが組み合わさったとき、「失敗しても諦めず、しかもその経験から学んで次に生かす」という、変化の時代に最強のキャリア態度が生まれます。
重要なのは、これらが生まれつきの特性ではないという点です。神経科学の研究は、脳の可塑性(ニューロプラスティシティ)——つまり脳は経験によって物理的に変化し続けるという事実——を明らかにしています。レジリエンスも成長マインドセットも、意識的な実践によって「育てられる」のです。
「社会的つながり(Social Connection)」と「関係的キャリア開発」
キャリア進化心理学において、「関係的キャリア開発(relational career development)」という概念があります。これは、キャリアは個人の努力だけではなく、他者との関係性の中で形作られるという考え方です。
Tomorrowmindの「社会的つながり」のスキルは、これに完全に呼応します。著者たちは、リモートワークの普及により職場での孤立感が増し、それが精神的健康だけでなく仕事の質にも深刻な影響を与えていることを、豊富なデータとともに示しています。
人間関係は、単なる「情緒的なサポート」以上の機能を持ちます。メンター、同僚、業界外の知人——こうしたネットワークが、新しい視点、情報、機会の通路となり、キャリアの進化を加速します。意図的につながりを育てることは、戦略的なキャリア行動でもあるのです。
「意味・重要感(Mattering)」と「ライフキャリア統合」
「自分はここで意味のある存在だ」という感覚——Matteringは、Tomorrowmindの中でもとりわけ深い概念です。これはキャリア進化心理学における「ライフキャリア統合(life-career integration)」とつながります。
現代の多くの人が経験する「静かな離職(Quiet Quitting)」の根本には、この「意味と貢献感の喪失」があります。仕事の内容ではなく、「自分の存在が誰かの役に立っている」という確信が、持続的なモチベーションの根本です。キャリアを単なる収入源ではなく、アイデンティティと価値観の表現の場として捉えるとき、この感覚は深まります。
実践的な統合――今日から始める「Tomorrowmind式」キャリア進化の7つのステップ
理論を理解することは大切ですが、最終的には「では何をすればよいか」が問われます。『Tomorrowmind』の知見とキャリア進化心理学のアプローチを統合した、実践的なステップを7つご紹介します。
ステップ1:「最悪のシナリオ」を書き出し、未来展望力を鍛える
週に一度、自分のキャリアに関わる「最悪のシナリオ」を具体的に書き出してみましょう。「もし今の仕事が3年後になくなったら?」「自分のスキルが時代遅れになったら?」——これはネガティブ思考ではありません。脅威を可視化することで、脳の「変化=脅威」反応を慣れさせ、冷静に対処プランを立てられるようになります。
ステップ2:「小さな挑戦」でレジリエンスの筋肉を育てる
レジリエンスは、大きな試練の中でだけ鍛えられるのではありません。日常の中で意図的に「少し不快な状況」に踏み込む習慣を作りましょう。新しい人に話しかける、苦手なタスクに先に取り組む、フィードバックを積極的に求める——これらの積み重ねが、レジリエンスの基盤を作ります。
ステップ3:「能力と価値観の棚卸し」でアイデンティティを更新する
年に2回以上、「自分が今できること」と「自分が大切にしていること」を書き出す機会を持ちましょう。職業名ではなく、スキルと価値観で自己定義することで、転職や役割変化への適応が格段に容易になります。
ステップ4:週1回、「深いつながり」のための時間を確保する
SNSでの表面的な繋がりは、社会的孤立の代替にはなりません。週に一度、職場内外の誰かと「仕事の目的や意味」について語り合う時間を作りましょう。ランチや30分のオンライン雑談でも十分です。
ステップ5:「自分の貢献」を可視化する習慣を持つ
毎日の終わりに「今日、誰かの役に立てたこと」を一つ書き出す習慣を持ちましょう。小さなことで構いません。Matteringの感覚は、意識的に育てることができます。
ステップ6:「次の自分」を常にプロトタイピングする
キャリア進化心理学では「キャリアの実験(career experiments)」という概念を重視します。副業、ボランティア、社内異動、学習コース——小さなスケールで「次の自分」を試してみることが、大きな変化への準備になります。
ステップ7:「なぜこの仕事をするのか」を定期的に問い直す
半年に一度、「なぜ今の仕事を続けているのか」という問いに正直に向き合う時間を作りましょう。答えが変わっていても構いません。むしろ変化こそが、キャリアが「生きている」証拠です。
AIとの共存時代に「人間らしさ」を磨く意味
多くの人がAIに対して「仕事を奪われる」という不安を抱えています。その気持ちは自然です。しかし、『Tomorrowmind』とキャリア進化心理学が共に示すのは、もう少し複雑で、しかしより希望のある現実です。
AIが得意なのは、反復的な処理、膨大なデータの分析、パターンの認識です。一方で、AIには「なぜそれをするのか」という意味の生成力、深い共感に基づく関係構築力、全く新しいフレームで問題を捉え直す創造力——こうした人間固有の能力はまだ及びません。
PRISMフレームワークの5つのスキルは、まさにこの「AIとの差分」を形成します。未来を展望し、逆境から学び、新たな価値を生み出し、深くつながり、意味をもって働く——これらは、どれだけAIが進化しても、人間が求められ続けるコアコンピテンシーです。
キャリア進化心理学の視点から言えば、AIの時代とは「より人間らしくなれる時代」です。効率の追求はAIに委ね、私たちは意味、つながり、創造という、本来最も得意なはずの営みに集中できる——そんな未来を、今から準備する価値があります。
よくある疑問に答える――Q&A形式で理解を深める
Q1:キャリアの方向転換を考えています。Tomorrowmindのどのスキルから鍛えればいいですか?
まずは「未来展望力(Prospection)」から始めることをお勧めします。転職や方向転換は、「現在の不満から逃げる」のではなく、「未来のなりたい姿へ近づく」という視点で設計するほうが長続きします。次に、自分の「能力と価値観の棚卸し(ステップ3)」を実行し、どんな環境でも通用する自己の核を確認しましょう。
Q2:組織の中で埋もれている感覚があります。マタリング(Mattering)はどうすれば高まりますか?
Matteringは、「承認される」ことより「貢献する」ことから生まれます。上司に評価されることを待つより、自ら小さな改善提案を出す、後輩の相談に積極的に乗る、チームの課題に名乗りを上げる——こうした自発的な貢献の積み重ねが、「自分はここで必要とされている」という感覚をつくります。
Q3:レジリエンスを高めたいですが、どこから始めればよいですか?
最も効果的な第一歩は「感情の命名(labeling)」です。困難な状況に置かれたとき、「今自分は何を感じているのか」を具体的に言葉にするだけで、脳の扁桃体(情動の中枢)の活動が低下し、冷静な判断が取り戻しやすくなることが神経科学の研究で示されています。「不安」「怒り」「焦り」——感情に名前をつける習慣が、レジリエンスの土台をつくります。
まとめ――「明日の心」を育てることは、今日の選択から始まる
『Tomorrowmind』とキャリア進化心理学は、異なる出発点から、同じ方向を指し示しています。それは、「変化の時代においてキャリアを守るのではなく、変化と共に自分を育て続けよ」というメッセージです。
PRISMフレームワークの5つのスキル——未来展望力、レジリエンス、革新性、社会的つながり、意味・貢献感——は、生まれつきの才能ではありません。毎日の小さな選択と実践によって育つ、まさに「進化」する能力です。
そしてキャリア進化心理学が教えるのは、その進化は決して孤独な作業ではないということです。他者とのつながりの中で、自分の価値観を問い直しながら、試行錯誤を繰り返すプロセスそのものが、最も豊かなキャリアの在り方です。
不確実な時代は、脅威であると同時に、「自分らしいキャリア」を設計する最大のチャンスでもあります。
あなたの「Tomorrowmind」は、今日から育て始めることができます。まず一つ——どのステップから始めますか?
【この記事のキーポイント】
- 『Tomorrowmind』は、ポジティブ心理学の権威マーティン・セリグマンが共著した、AI・変化時代の「仕事で繁栄するための心理学」
- PRISMフレームワーク(未来展望力・レジリエンス・革新性・社会的つながり・意味貢献感)は後天的に育てられるスキルセット
- キャリア進化心理学は、キャリアを「積み上げ」ではなく「適応と成長の進化プロセス」として捉える
- 両者の共通メッセージは「変化と共に自己を更新し続ける力」こそが、現代キャリアの最大の武器
- 7つの実践ステップで今日から「Tomorrowmind式キャリア進化」を始められる
参考文献・リソース
Kellerman, G. R., & Seligman, M. E. P. (2023). Tomorrowmind: Thriving at Work with Resilience, Creativity, and Connection. Simon & Schuster.
Seligman, M. E. P. (2011). Flourish: A Visionary New Understanding of Happiness and Well-being. Free Press.
Dweck, C. S. (2006). Mindset: The New Psychology of Success. Random House.
Hall, D. T. (2002). Careers In and Out of Organizations. SAGE Publications. ※プロティアン・キャリア論の基礎文献
Savickas, M. L. (2011). Career Counseling. American Psychological Association. ※キャリア構築理論
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投稿者プロフィール

- 監修者:一般社団法人ポジティブ心理カウンセラー協会 代表理事
- 徳吉陽河(とくよしようが)は、ポジティブ心理学、ポジティブ心理カウンセラー協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。ポジティブ心理療法士、コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師、教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。
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