マーティン・セリグマン(1942年〜)は、ポジティブ心理学の創始者として知られるアメリカの心理学者で、ペンシルベニア大学教授です。若き日に「学習性無力感」を発見してうつ研究の第一人者となり、のちに研究を反転させて「学習性楽観主義」へ、そして1998年、APA(アメリカ心理学会)会長として人間の強みと幸福を科学するポジティブ心理学を提唱しました。PERMAモデル、24の強み(VIA)の体系化、近年は未来予期(Prospection)研究と『Tomorrowmind(これからの生き方)』で知られます。
「幸福の科学の父」は、幸福の研究者としてキャリアを始めたのではありません。むしろ正反対——絶望と無力感の研究者でした。この転回の物語こそ、セリグマンを理解する鍵です。

マーティン・E・P・セリグマン(Martin E. P. Seligman)/1942年生まれ。ペンシルベニア大学教授。ポジティブ心理学の創始者。学習性無力感・学習性楽観主義・PERMA・未来予期(Prospection)の研究で知られ、著書に『オプティミストはなぜ成功するか』『ポジティブ心理学の挑戦』『Tomorrowmind(これからの生き方)』など。
セリグマンは1942年、ニューヨーク州オールバニ生まれ。ペンシルベニア大学の大学院生だった1960年代後半、避けられない電気ショックを経験した犬が、のちに逃げられる状況になっても逃げようとしなくなる現象を発見します。学習性無力感(learned helplessness)——「何をしても無駄だ」という学習が、行動する力そのものを奪う。この発見は、うつ病の心理学的モデルとして20世紀後半の臨床心理学に絶大な影響を与えました。
その後の研究で、同じ逆境でも無力感に陥る人と陥らない人がいることがわかり、セリグマンの関心は「出来事をどう説明するか」という説明スタイルの研究へ、さらに悲観の反対側——学習性楽観主義(learned optimism)の研究へと移っていきます。無力感が学習されるなら、希望も学習できるはずだ、と。
セリグマンの原点は人間の暗部の研究。だからこそ彼のポジティブ心理学は「明るいことだけを見る学問」ではありえなかった。
1996年、セリグマンは現代では異例の大差でAPA会長に選出されます。会長としての活動の方向を決めたエピソードとして、セリグマン自身が繰り返し語るのが、当時5歳の娘ニッキとの庭仕事の場面です。小言を言う父に、娘はこう言いました——「私は5歳の誕生日に泣き虫をやめると決めて、やめられた。パパも、怒りんぼうをやめられるんじゃない?」。
子育ては、欠点を直すことだけではない。子どもの中にある強みを見つけ、育てることだ——そしてそれは心理学そのものにも言えるのではないか。1998年、セリグマンはAPA会長として、病理の治療に偏った心理学を「人間の強みと美徳の研究」へと拡張するポジティブ心理学を提唱します。2000年にはチクセントミハイ(フロー理論の提唱者)との共同論文で、新しい研究領域として正式に立ち上げました。
1998年の提唱は、うつ研究30年の第一人者による「心理学は半分しか仕事をしていない」という内部告発でもあった。
セリグマンの誠実さは、自らの理論を更新し続けたことに表れています。
| 年 | 理論 | 内容 |
|---|---|---|
| 2002年 | 『世界でひとつだけの幸せ』 (Authentic Happiness) | 幸せへの3つの道——快の人生(ポジティブ感情)、没頭の人生(エンゲージメント)、意味の人生。「幸福感」が中心概念。 |
| 2011年 | 『ポジティブ心理学の挑戦』 (Flourish) | 幸福感は気分に左右されすぎると自己批判し、測定可能な5要素からなるウェルビーイング理論(PERMA)へ拡張。関係性と達成を追加。 |
| 2016年〜 | 未来予期(Prospection) | 人間は過去に縛られる存在ではなく「未来に引かれる存在(Homo Prospectus)」だとする研究へ。学習性無力感の理論自体も、共同研究者マイヤーと神経科学の知見から書き直した。 |
2004年にはピーターソンとともに24の人格の強み(VIA)を体系化し、2005年にはペンシルベニア大学に世界初の応用ポジティブ心理学修士課程(MAPP)を開設。研究と教育の両輪で分野を育てました。
「幸福感」から「ウェルビーイング」へ、そして「未来予期」へ。セリグマンは自説への最大の批判者であり続けている。
80代を迎えた現在も、セリグマンは研究と執筆を続けています。ケラーマンとの共著『Tomorrowmind』では、AIと変化の時代に働く人が育てるべき5つの能力——PRISMモデル(未来予想力・レジリエンス・創造性・つながり・重要感と意味)——を提示しました。日本語版『これからの生き方――揺らぐ世界で何度でも立ち直る力』(総合法令出版、2026年)は、当協会代表理事・徳吉陽河の監訳・解説で刊行されています。
無力感の発見から約60年。「人は変われるのか」という同じ問いを、セリグマンは一貫して追い続けています。その歩みの全体は、特集「ポジティブ心理学の歴史と物語」の年表でたどれます。
セリグマンの60年は「無力感→楽観→ウェルビーイング→未来予期」という一本の線。ポジティブ心理学はその途中に生まれた駅である。
1942年生まれのアメリカの心理学者で、ペンシルベニア大学教授。学習性無力感の発見者であり、1998年にポジティブ心理学を提唱した「ポジティブ心理学の父」として知られます。
「何をしても状況は変わらない」という経験を重ねると、実際には対処できる状況でも行動を起こせなくなる現象です。セリグマンらが1960年代後半に発見し、うつ病の心理学的モデルとして大きな影響を与えました。
うつ研究を通じて「マイナスをゼロに戻すだけでは人は幸せにならない」と痛感したことに加え、APA会長就任と娘ニッキとのやりとりが転機になったと本人が語っています。心理学を強みと幸福の研究へ拡張する必要があると考えました。
悲観的な説明スタイルを見直し、楽観的な考え方を後天的に学習できるとするセリグマンの理論です。無力感が学習されるなら、その逆も学習できるという発想の反転から生まれました。
2011年の著書で提唱されたウェルビーイングの5要素モデルで、ポジティブ感情・エンゲージメント・関係性・意味・達成の頭文字です。幸福感中心の旧理論を自己批判して拡張したものです。
2000年に共同論文でポジティブ心理学を研究領域として立ち上げた盟友です。チクセントミハイのフロー理論は、ポジティブ心理学のエンゲージメント研究の中核になりました。
2004年、クリストファー・ピーターソンとともに、24の人格の強みを6つの美徳領域に整理した分類体系(VIA)を発表しました。強み研究の共通言語になっています。
人間を「過去に規定される存在」ではなく「未来を想像し、そこから現在の行動を導く存在」と捉えるセリグマンの近年の研究テーマです。『Tomorrowmind』のPRISMモデルの「P」でもあります。
はい。セリグマンとケラーマンの共著『Tomorrowmind』の日本語版(総合法令出版、2026年)で、当協会代表理事・徳吉陽河が監訳・解説を担当しています。変化の時代に立ち直る力を育てるPRISMモデルを紹介しています。
強みの発見と活用、楽観性の学習、PERMAにもとづくウェルビーイング支援などとして活かされています。当協会のポジティブ心理カウンセラー®講座は、これらを日本の文化に合わせて学ぶ講座です。
ウェルビーイングを構成する5つの要素。セリグマンの「持続的な幸せ」のモデル。
「逆DSM」が与えた強みの語彙。6つの美徳・診断・活用と使いすぎ。
時間を忘れるほどの没頭を科学する。チクセントミハイの最適経験の心理学。
すべての記事の起点:特集「ポジティブ心理学の歴史と物語」
セリグマンが開いた道は、カウンセリングとコーチングの現場に続いています。